『オレアナ』
大阪上本町「近鉄小劇場」
５年前、これの初演を東京で観た。東京二泊三日で観劇５本という強行スケジュールの中でということとも相俟って、私の脳裏に強烈に焼き付いている作品の一つだ。今回再演するというので、演習を受講している人たちを誘って観に行った。
演出家（西川信廣）、美術デザイナー（朝倉摂）、照明デザイナー（沢田祐二）、衣裳デザイナー（宇野善子）、音響プランナー（高橋巌）、ぜ〜んぶ初演時と同じ人。配役も、ジョンは初演時と同じく長塚京三。で、キャロルだけが初演時の若村麻由美に代わって永作博美。当然、私としては、初演時とどう違うのか、どう違わないのかが興味の中心になる。
芝居を観終えた後、同行の一人に初演と今回とどちらが良かったかと尋ねられ、その時は、初演を観ていない人たちの手前、ちょっと言葉を濁したのだけれど、正直にまず結論から言ってしまうと、初演の方が格段に良かった！
まずはともあれ、これは若村と永作の演技力の差と言っていいと思う。もっとも、若村と比べられたら永作がちょっと気の毒という感じもしないではない。「２０歳の女子学生らしい初々しさ。たった２人で１時間半、喋りっ放しの台詞をきちんと観客に伝えられる演技力。それを兼ね備える女優さんはそう多くない。しかも、ともすれば復讐心に燃えた単なるイヤな女になりかねないキャロルという人物に『彼女の気持ちも理解できる』と観客に共感してもらうためには（中略）女性に親近感を持ってもらえる人でなくては」と、初演時のパンフレットに内藤美奈子が書いているが、初々しさや親近感といった点では永作も合格点だけれども、「無名塾」出身で根っからの舞台女優・若村と、アイドルグループribbonの一員としてデビューして、その後ドラマの仕事もするようになった永作では、やはり演技の土台が違うのである。だから、永作の場合、発せられる台詞の一つ一つに、キャロルという女性の内面が見えてこない。頑張ったとは思うが、台詞がどれも上っ滑りで、下手をすると、単なる駄々っ子に見えてきてしまうのだ。
| 生年月日 | 身長 | |
| 長塚京三 | 1945.07.06 | 182cm |
| 若村麻由美 | 1967.01.03 | 162cm |
| 永作博美 | 1970.10.14 | 156cm |
もっとも、この点は、永作の非を責めてばかりではいけない。長塚自身も、初演時から、５歳は年を取ってしまっている。もちろん、今の日本でジョンを演じられる役者と言ったら、長塚以外に私は想像も出来ないのだけれども、この５年の加齢が、予想以上に今回の舞台に影響を与えている。「大学教授を演じて説得力のある知性、若き成功者が持つ独特の色気、追い詰められこわれゆく男の足掻き・・・それをすべて体現できる人なんて他にはいない」と、これまた初演時のパンフレットで内藤美奈子が絶賛した長塚だが、そしてそれはそのとおりなのだが、いまぞ頂点に登りつめようとする若きエリートというよりは、とうの昔に功成り名を遂げたエスタブリッシュメントという感じの方が、勝ち始めてしまっているのだ（画像参照）。
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| 初演時のパンフレットより | 今回のパンフレットより |
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さて、美術について記しておくと、初演時は、机（およびその上の小物）と椅子以外何もない無機質な空間だったが、今回は、机や椅子の他、上手と奥を木製の立派な書棚が占め、ずいぶんリアリスティックな作り。上手の書棚は奥から手前に来るほどやや背が高くなっており、遠近感を強調した形（どれだけの人が気付いたか知らないけど）。下手は窓（だと思う・・・というのは、下手端の私の席からは直接見えなかったからだが、下手方向から日の光を模した照明が当たっていた他、上手の書棚のガラス戸にブラインドが映り込んでいた）。私は、実はこういうリアリスティックな舞台セットが好きだったりするのだが、初演のセットと改めて比べてみて、初演時の無機質な、それ故にこそ抑圧的で不気味なセットも捨て難かったなぁと思う。この作品の場合、セットがリアルである必要はないし、事実、リアルなセットが浮いてしまっている感じさえした。
衣裳についても一言。初演時は、ジャンパースカートに眼鏡という如何にも真面目で大人しい女子学生っぽい服装から、最終幕の黒いジャンパーにＧパンという如何にも社会運動家っぽい服装まで、キャロルが変貌していく様が視覚的にもよく見てとれて面白かったが、今回は、多少服装は替えるものの、変化の仕方は抑え気味といった感じだった。まぁ、これはどちらでもよいけれども。
最終場面についても一言、二言。とうとう「切れた」ジョンが、キャロルに暴力を振るう。その時、役者の手の動きに合わせて音響さんが擬音を入れるのだが、これがどうもワザとらしい。初演時はどうだったか記憶にないが、こんな音なんて、わざわざ入れないといけないのかなぁ。
キャロルの最後の台詞の後、暗転。再び舞台に照明が入ると、暗転前と同じ立ち位置・・・というか、永作は床の上に倒れたままで、一呼吸置いた後、長塚が手を差し伸べて永作を助け起こす。私の席は舞台にわりと近かったから、その時、永作が「ありがとうございます」と小さな声で囁くのが聞こえた。で、二人並んで立ち、長塚が肘を差し出すと、永作がそこに腕を絡ませ、にこやかに見つめ合って、一礼。
毎日繰り返していることだから、きっときょうだけ偶然・・・とかいうのではないはずで、だとしたら、これも演出家の意図（もしくは、少なくとも演出家の了解）のもとになされた所作であろう。で、思ったのは、それでいいの？！ってこと。男性優位社会を告発する・・・のが仮にこの作品の第一のテーマではないとしても、少なくとも、そういう要素をも含んでいるはずのこの芝居の最後の最後に来て、告発したはずの男性優位を象徴するような所作に安易に戻っていくってどういうことだ。役者が素顔に戻るのを見るのは、けっして不愉快なことではないし、むしろ芝居を見終えた時の楽しみの一つではあるけれど、それならそれで、永作は一人で立ち上がり、むしろ永作が「許してあげるわ」ってな調子で冗談めかして長塚に手を差し伸べる・・・くらいの茶目っ気あるカーテンコールこそが相応しいはずだ。
最後に、パンフレットについて一言。初演時のパンフレットは、フェミニストとして殊に有名な田嶋陽子（法政大学）教授や福島瑞穂弁護士のコメントなんかも載っていて、セクシャル・ハラスメントに関する議論満載の感があった。もちろん、この作品、セクシャル・ハラスメントだけがテーマではないわけで、様々な問題を含んでいるのは確かだけれど、今回のパンフレット、「セクハラの芝居だなんて考えるのは浅はかなんだよね〜」とでも言いたげに、何か、えらく毒を抜いた感じになっているような気がするのは私だけだろうか。秋元康なんかの軽薄な永作博美賛歌も場違いとしか思えないし。。。こういうトーンダウンというか、ソフト化というのか、保守化というのか、権力すり寄りというのか、そうした傾向がカーテンコール時の所作とも相通じている気がして、どうも気に入らない！！